原作とアニメの相違点

ゲームでは表現できるけど・・・・・・

原作がゲームのアニメ化というのは、今のご時勢では当然のように行なわれていることでしょう。最近では小説を原作にしているモノ、漫画を原作にしているモノなど、様々な媒体が原作となっているアニメ化はもはや普通と認識して良いでしょう。オリジナリティ溢れる作品といっても中々話題作を振りまくことは無いが、それでも世間そのものを震撼させることになった白い悪魔に勧誘されて魔法少女になってしまったアニメは、一躍アニメ史に刻み込むことになる伝説的作品のような、原作の無いアニメというのも少なくなっている。その辺の事情に関しては色々業界内で問題になっていることなのかもしれないが、とりあえず業界全体が廃るようなことが無ければ個人的には問題ないので発展を続けて欲しいところです。

しかし原作となっている媒体で表現可能となっているものも、映像作品として表現することになった場合にはNGになってしまうこともある。対象となっているのは主にグロテスクな表現であったり、過激な性描写というような女性や男性の裸体をそのまま表現することは地上波の放送では、必ずモザイクを入れることになっています。今やどんな時間になっても録画すれば誰でも見られる時代ですから、まだよく分かっていないような子どもが、男女が合体しているシーンを目撃したら、親御さんはそのシーンに対してなんと説明すべきなのかと迷うところなのではないでしょうか。筆者の場合、そういう説明はなかったです。放任主義、というわけではないですが親が見ているところでそういうシーンを見ることもなかったかもしれないが、親からまともに説明というものを受けていない。どちらかといえば書籍やら何やらで知識を得ていた、というところだろう。

話を戻しましょう、そういうわけでアニメ化に伴って表現できるか否かの規制に関して製作陣は考えなければならないでしょう。表現するにしても必ずモザイクを用いるということをするので、そういうことも考慮に入れなければいけないので結構大変ですね。上記で説明しましたが、このカオスヘッドに登場してくるのはほとんどがグロテスクな猟奇表現がかなりの数を占めています。当然ながら、スプラッタな映像を見て怯えてしまうような視聴者を出すわけにも行かないので、アニメ版ではそれでもある程度までグロイ表現をしつつ、過激すぎるものは放送しないようにしています。

では具体的にどんなシーンを削っているのかということですが、それについては下記のとおりとなっています。

  • 残酷描写、出血表現は極力抑えられている。
  • 拓巳の卑猥な発言はほぼカット、また梢に関する妄想は一切行っていない。
  • 梨深が第一話から拓巳のクラスに現れるが、原作同様親しくなるのは中盤からとなっている。
  • 星来が毎度のように実体化して拓巳と会話する。また、終盤で拓巳に敗れた後、まるで本当に意識があったかのように台詞を残している。
  • 拓巳が諏訪の策略で日本中に醜態を晒されるシーンが無い。
  • 上記のエピソードの部分には拓巳がセナ、梢と共に希テクノロジーに襲撃を仕掛けるオリジナルエピソードが追加されている。
  • 「美味い手」の事件が起きていない。
  • 七海の腕は切断されず一時的に透けて見えなくなった。
  • 渋谷崩壊時の百瀬の状況が描かれていない。
  • 拓巳がニュージェネ事件の真相を暴くシーンでは、原作では「妊娠男」の一部始終を映し出したが、あまりにも凄惨過ぎる為か「ノータリン」の映像に変更されている。
  • 終盤の星来戦は原作では拓巳は満身創痍になりながら辛うじて勝利するが、アニメでは大して苦戦もしていない。

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こんな具合です、どれも流せないですねっもし放送してしまうようなことになれば、会社そのものの存続が危ぶまれてしまう危うい局面を迎えてしまうでしょう。近年では女の子と恋愛する18歳以上対象のアダルトPCゲームが登場していることもあって、中には性描写を匂わせる表現も含まれていたりしますが、カオスヘッドの場合はそんな性的なものは一部でほぼニュージェネ事件に関してだったり、その他拓巳の妹である七海の妹が手を切断されてしまうといった表現なども改変されています。どれもこれも、凄惨な映像となることは一目瞭然ですから、そんなことを実現しようものなら翌日のネット界隈ではお祭り騒ぎとなります。

凄いシーンということで話題になるといいますが、きちんと事例があります。これは知っている人なら知っていると思いますが、2011年に放送された『BLOOD-C』というアニメを見たことがある人なら心当たりはあるでしょう。このアニメの最終回で表現されていたシーンはまさに地獄絵図という言葉が適切でした。主人公である少女がとある兎みたいな怪物を倒すも、その兎が何十体と分裂して町の人たちを虐殺していくのです。あの映像が流れたときにはかなりの衝撃を受けました。その後あまりの凄惨なシーンの連続でその後CS放送などではそういったものをほとんどカットする形で放送する方式を取っているのです。

私はたまたまその映像を放送当初に見ていたのですが、もちろん直接的なものはモザイクが掛かっているので見ることは出来なかったです。ですがそれでも内臓は飛び散るは血は当然のこと、中には肉片がそこいらじゅうに散開しているなど、もう散々なものです。ただでさえその会だけで主要人物も無残な最期を遂げているというのに、ラストになれば兎達による住民の虐殺などというモノで締めくくっているのですから、もう笑えなかったです。あの惨事を個人的には『兎カーニバル』と呼んでいます(笑)可愛くない上に人間がこれでもかといわんばかりに捕食されているシーンは、グロイを超えて食物連鎖の様子をまざまざと見せ付けられていると感じました。あぁっ、自分のこの理の中に存在しているんだなぁというのを自覚させられた気分なので、なんだか考えさせられた感じでした。

ですが、カオスヘッドの場合は一方的な殺戮な形で人を凄惨な殺し方を行なっていくのです。無理やり死んだ胎児を男性の胃の中に詰め込むなんてことをするなんてシーン、映像としてリアルに見たくないのは誰もが共通していることです。そもそもこんな凄惨なシーンを見て本当に大丈夫という人は少ないでしょう。平気という人とは恐らく一生わかりあうこともないと思うので言及は控えておきます。まぁしいて言うならばそれだけ印象のある作品だからこそ、映像として展開したかったという意思もあったのかもしれない。

でもそんな凄惨なシーンを多少とはいっても劇中で表現されているので、何度も見たいのかと言われたら見たいとは思えないでしょうね。特に食事中に見るようなものではないので、そんなときにも見たら間違いなくしばらくの間お肉的なものを食べられなくなってしまいそうなので、勘弁したいです。

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